メーカー勤務から、家業の工務店へ
KOUKI HOUSE(株式会社幸輝ハウス)は、設計・施工からアフターまでを一貫して手がける工務店である。代表の細川晴夫氏は、もともと建築とは縁の薄い道を歩んできた。
進学したのは愛知工業大学の電気工学科。当初は情報工学を志望していたが、その学科には受からず、電気の道へ進んだという。就職先を考えたときも「メーカー系がいいかな」と試しに受けてみたところ、パナソニックに合格した。細川氏は当時を淡々と振り返る。
「当初は情報工学の方に行きたかったんですけども、その学科には受からなかったんで、電気にまあやむなく行って。就職も、メーカー系がいいかなっていうことで、試しに受けてみたら、まあちょっと通っちゃったみたいな」
大学生になってからはモーグルに夢中になり、アメリカに渡った経験もある。そこでは、プロのレベルとの差を「まるっきり感じました」と語る。
そんな細川氏が家業に戻る決断をしたのは、父親が営む工務店の先行きに危機感を覚えたからだった。昔ながらの工務店として受注が減り続けるなか、このままでは時代の変化についていけないのではないか。そう考えたという。
「昔ながらの工務店だったので、もう受注がどんどん減っていってる中で、経営者である父親の意識が変わらないと、多分変化についていけない。このまま店をつぶすのかどうかっていうところで、まあ、つぶすのももったいないなっていうのもあって、戻ったって感じですかね」
建築を知らないまま、現場の職人として
家業に戻った細川氏が最初に立ったのは、経営の席ではなく現場だった。職人として現場に入り、建築のことを一から覚えていった。工務店の息子であっても、建築の知識はまったくなかったという。
「建築のことはまるっきり本当に知らなかったので、一から覚える形で入っていったので。もう昔の現場なんで、もう怒られてばっかりですよ、まあ本当に。そういう中でついていくのが、覚えることがやっとって感じですよね」
継いでから続けてこられた原動力を尋ねると、細川氏は「楽しみというよりも、必死って感じ」と答えた。事業を継続させるためには、やるしかない。そうでなければ会社は潰れてしまう。そうした切実さが、最初の日々を支えていた。
やがて父親から代替わりし、社長に就任した。現場から一気に経営者へと立場が変わる変化も大変だったと細川氏は言う。大きな会社ではないため、現場に立ちながら経営も担う。自らを「プレイングマネージャー」と表現する働き方は、今も続いている。
一方で、現場の仕事ならではの魅力も語ってくれた。汗水を流して働いた後の一杯は、意外と大きな意味を持つという。仕事が終われば一旦リセットできる。その区切りの明快さが、現場の仕事の良さのひとつだと細川氏は感じている。
土地の造成から外構まで、すべて自社で
KOUKI HOUSEの特徴は、手がける仕事の範囲の広さにある。専門ごとに分業するのではなく、「なんでもやる」のが同社のスタイルだ。
たとえば木がたくさん生えている土地があれば、その造成をしてさら地にするところから自社で行う。一般的な工務店が自社では手がけないことも多い基礎工事も、自社で担う。家が建った後のエクステリア、つまり外構工事まで自社で対応し、もちろん設計も行う。
「結構最初から最後まで自社でやる会社ですよね。この田舎の地域でも、どっちかと珍しいですね」
こうした形は父親の代から続いてきたものだという。覚えることは多いが、その代わりに重機に乗ることもできる。「重機に乗るのは意外と楽しいです」と細川氏は笑う。
さらに特徴的なのが、お客さんとの関わり方だ。細川氏は、工務店の仕事を車の業界と比べて説明してくれた。車であれば部品をつくる会社、組み立てる会社、販売する会社、サービスを行う会社がそれぞれ分かれている。一方で工務店は、集客から始まり、お客さんへのアピール、見積もり、契約、施工、そしてアフターまで、すべてを一社で担う。
現在、同社の正社員は3名。そのほかはパートや協力業者の力を借りている。細川氏以外は現場の職人と設計というように分業しているが、お客さんへの対応は最初から最後まで細川氏がすべて受け持っている。
「だからまあ本当に一元化ですよね。お客さんからまず僕に言っとけば、もう全部通ずるっていう。もちろんお客さんのいろんな背景も分かってるんですよね。そういう意味では強みっちゃ強みなんですよね」
取材のなかでは、同社が手がけたスキップフロアのある賃貸アパートの話も出た。設計は設計者に委託したものの、施工は「めちゃめちゃ大変でした」と振り返り、採算面でも赤字だったという。それでも細川氏は、その建物を「ある意味、ちょっと作品でもありますね」と表現した。
紙からインスタへ、変わったお客さんとの出会い方
新しいお客さんとの出会いは、今ではほぼすべてがInstagramからだという。Instagramを見てホームページを訪れ、モデルハウスや見学会に足を運んでもらい、細川氏や会社を知ってもらう。それが現在の流れだ。
「僕はもうほぼ100インスタです。逆にそっちがもうメインですね、今、お客さんの動きは」
Instagramの運用を担っているのは細川氏の奥さんで、ホームページとInstagramについてはコンサルタントに見てもらいながら整えている。ホームページも自社で手を入れており、ブログは細川氏自身が書いているそうだ。
かつて住宅業界の宣伝は紙媒体が中心だった。同社もたまに広告を出したり、自社の新聞を定期的に配ったりしていた時期がある。しかし、紙媒体は一度やろうとすると100万円、200万円といった費用がかかるうえ、その労力が見合わなくなっていった。
「昔は。でも、もうその労力が全く合わなくなって。そこでね、ちょっとインスタにうまいこと切り替われたんで、良かったですけどね」
Instagramであれば、かかるのは運用する人の手間とコンサルティングの費用程度。コストの面でも大きく違うと細川氏は話す。TikTokなど動画での発信については、やってみたい気持ちはあるものの、今は時間的な余裕がないという。
耐える時代に描く、建築とソーシャルの掛け合わせ
今後の採用について尋ねると、細川氏は業界の厳しい現実を率直に語った。新築の着工件数が激減し、全体のパイが一気に縮小している。値上げが続く状況も、あらゆる業者に共通する課題だという。
「今もいかに生き残るかのレベルですよね。いろんな淘汰が終わって生き残ったところが、今度はまたいろんな面でメリット、恩恵を受けてくると思うんで、そこで初めて人員増やすとか、そういうことになる」
そうしたなかでも、細川氏は次の一手を考えている。よく聞いているという深井龍之介氏の話などに触れるなかで、これからの仕事はお互いにとって「ウィンウィン」を確保することが欠かせず、ソーシャルな方向に向かっていくのではないかと感じているそうだ。
「ソーシャルビジネスと、工務店というか建築っていうかを、なんかうまいことミックスできたら、ちょっといいんじゃないかなと思ってるんですよね」
具体的に思い描いているのは、賃貸業と建築とソーシャルの三つを組み合わせることだ。空き家問題があり、古い建物がたくさんあるなかで、修理でも何でもできる自社の強みを生かし、そこにソーシャルな視点を組み込めば面白いのではないか。まだ「ボーっとしたイメージ」の段階だと細川氏は言う。
田舎では移動距離が長く、運転中などにこうしたことをぼんやり考える時間が多いのだという。「それじゃないと生き残っていけないかなと思ったりも」という言葉からは、厳しい時代を見据えた経営者の実感がうかがえる。
若者へ、上っ面だけで判断しないでほしい
最後に若い世代へのメッセージを求めると、細川氏は高校3年生で受験を控える自身の子どもにも言えることだとしたうえで、こう語った。
「上っ面だけを見て判断しないことですかね。もっとそこを知ると、いろんな見方とか認知が変わってくると思うんですよ。そこからの広がりっていうのは、本当に。そこでつながる人とのつながりも。本当の相手の真の気持ちを捕まえるんですね」
その考え方は、建築の仕事に向けられるまなざしにも通じている。建築業は昔から「3K」と言われ、イメージが先行してしまいがちだ。しかし細川氏は、現場の仕事が見直されつつある今、実は人間らしい仕事なのではないかと考えている。
「AIがどうのこうので、ブルーカラーの現場の仕事は見直されつつある中で、実は本当は一番、その人間らしい仕事、って言ったら変ですけど」
職人とも、外注先の業者とも、人と人が気持ちでつながっていかなければ、一つの建物は完成しない。だからこそ自然とチームワークが生まれ、みんなで仕事をやっていく形になりやすい。そうした魅力を知ってほしいと細川氏は話す。
「まあ、やってみてよと。もちろん大変なこともありますよ。でも慣れなんでね。どんな仕事でも大変ですし。だからまあまあ、まずはやってみてってとこですかね。いい仕事だと思いますよ」
地域の魅力を尋ねると、自然がたくさんあり、SUPやサーフィン、山登り、釣りといった自然を相手にした遊びに気軽に出かけられることを挙げた。精神的にはとても良い環境だと話す一方で、平均所得は低いという現実にも触れた。良い面も難しい面も隠さずに語る姿勢そのものが、「上っ面で判断しない」という言葉を体現しているように感じられた。
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