歯科技工士の資格を手に、「商売をやりたい」と気づくまで
株式会社フリーインターナショナルは、主力ブランド「フィント」を軸に、アパレルからライフスタイル、ウェディング、プロデュースまで幅広い事業を手がける会社だ。代表取締役の葛谷雅彦氏は、23歳で商売の世界に飛び込み、そこから45年にわたって事業を続けてきた。その出発点は、意外にもファッションではなく、歯科技工士という職業にあった。
高校時代の葛谷氏は、進学校に通いながらも勉強にはそれほど力を入れず、剣道部の活動に打ち込んでいたという。四人きょうだいの末っ子で、兄は歯科大学を卒業して歯科医師になった。父親は事業を営んでいたが、子どもには歯科医師になってほしいと考えていたようで、兄はその意向を受けて歯科の道へ進んだ。
葛谷氏も父親から歯科医師を勧められたが、当時の学力では浪人も覚悟しなければならず、6年制の歯学部に浪人を重ねれば7年。そこまで学校に通うことには迷いがあった。そんな折、親戚が「お兄さんが歯医者なら、弟は技工士になればいいんじゃない」と軽く口にした。調べてみると、歯をつくる仕事だとわかった。
理系に進んでいた葛谷氏は薬学部にも合格していたが、兄から「薬学に行って何になるの」と問われ、自分には向いていないと感じたという。最終的に歯科技工士の学校へ進み、国家試験にも合格した。
「この仕事って、やった分だけお金になる。いくつ作ったかが、お金になるっていうような仕事なんですよね」
食べるのに困ったときにも生きていける仕事だと考えていた一方で、葛谷氏には「兄と同じくらいの所得を得たい」という目標があった。優秀な先輩の給料を聞き、技工の仕事でそこに届くには時間がかかると感じたという。親の面倒は兄が見てくれるだろうから、自分は好きなことをやろう――そう考えるうちに、「商売をやりたい」という気持ちが芽生えていった。
23歳、名古屋で始まった店づくり
最初に手がけた商売は、東京・八王子にあった横山家具という、米軍の払い下げ家具を扱う店から、ローズウッドの椅子などを仕入れて売ることだった。当時、葛谷氏は東京で技工の仕事をしていた。名古屋の友人に売り先を探してもらい、取り扱ってもらえることが決まった。ところが、いざ買いに行くと、目当ての家具はすでにすべて売れてしまっていた。
「商売っていうか、ビジネスってこういうことだろうね、と。その時にいいと思ったら、ガツンと押さえて、探して売ってこないと、いろんなところが後から買いに来てなくなってしまう」
この一度目の経験から、葛谷氏はビジネスの本質を学んだという。その後、名古屋の友人から「ビルで若者にお店をやらせる企画がある。やらないか」と声がかかった。葛谷氏が23歳のときのことだ。
何を売るか、どんな店にするかは決まっていなかった。友人と話し合いながら形を決めていく、まさに企画ありきのスタートだった。どうしてもこれがやりたい、という出発ではない。やりたかったのは「商売」そのものであり、その気持ちは今も変わらないと葛谷氏は話す。
「アパレルって難しい世界って言われてて、浮き沈みがすごく激しい。長くやっていく会社ってなかなかないんですよね。だいたい大きくなって潰れちゃうとか、そういうケースが非常に多い」
トレンドに流されて立ち行かなくなる会社も多いなかで、葛谷氏はアパレルを一貫して「ビジネス」として捉えてきた。ファッションが嫌いなわけではなく、おしゃれをすることも好きだという。ただ、ファッションが好きで始めた人は、自分の年齢とともに好みが変わり、ブランドの方向性も変わっていきやすい。男性の目線で女性向けの商品をつくる葛谷氏だからこそ、年齢の軸がぶれず、20代に向けた商材を出し続けられるのだという。
現在、同社には5名ほどのデザイナーがいる。「売れるかもしれないけれど、うちのブランドらしくないものはつくらない」。売ることだけを目的にせず、どんな商品をつくりたいかを軸にデザイナーが提案する。そうしてお客様に気に入ってもらい、ファンになってもらうことで、ブランドは続いてきた。
セレクトショップからオリジナルブランド「フィント」へ
主力ブランドの「フィント」が誕生したのは1998年。それ以前は、他社がつくった商品を仕入れて販売するセレクトショップを営んでいた。しかし、人が多く集まる人気のビルは家賃が高く、売上に占める家賃の割合も大きい。仕入れ価格で商品を売るだけでは、なかなか利益が出ない状況だったという。
そこで葛谷氏は、自分たちでオリジナル商品をつくる道を選んだ。自らつくったものを売るほうが利益を確保しやすいと考えたからだ。そしてこのものづくりの過程で、ブランドの方向性を決定づける出会いがあった。
「ファッションの専門学校の新卒者で入社してくれた人がいて、その子との出会いが、フィントというものを作り上げていくうえではやっぱり大きいんですね」
その社員は、ヴィンテージや古着屋に並ぶようなフランス寄りの商材、レースを使ったアイテムなどが大好きだった。翌年には同じ学校からもう一人が入社し、同じようにトレンドをしっかりと押さえながら、自分たちの「好き」を持っていた。この二人の入社が、フィントの核になったと葛谷氏は振り返る。
洋服から暮らし、ウェディングまで。お客様と長く付き合う
フリーインターナショナルは現在、アパレルだけでなく、ライフスタイル、ウェディング、プロデュースといった事業にも取り組んでいる。事業を広げてきた理由を尋ねると、葛谷氏は「お客様の目線」という言葉を挙げた。
フィントのレトロでクラシックな商品を選ぶお客様は、部屋の模様替えなども含め、同じ感覚や感性で選んだものを好むはずだ。人がものを選ぶときは、その人の「好き」で選ぶ。それは洋服に限らない、というのが葛谷氏の考えだ。
同社には店舗デザイナーがいて、店舗の内装も自ら手がけている。新しいものを古く使い込んだように見せるエイジング加工を施し、パリの裏通りのブティックのようなイメージで空間をつくる。その雰囲気が好きで来店するお客様なら、家を建てたりマンションを購入したりする際にも、同じ雰囲気のソファやダイニングセットを選ぶのではないか。どこかの会社から選ぶのであれば、自分たちが提供する側に回ってもいい――そう考えたという。
ウェディングも同じ発想から生まれた。お客様が結婚を迎えるタイミングで、フィントのウェディングドレスを着てカジュアルウェディングを挙げてもらう。ドレスを海外に持っていって式を挙げたり、非日常的な場所でパートナーと写真を撮るウェディングフォトを残したりすることもできる。
「いろんな形で事業を広げていくというよりも、一人のお客さんと長いお付き合いがしたいということで。20代の時だけしか付き合ってないんじゃなくて、30代、40代になった時にも、うちとのお付き合いがビジネスとしてできるといいのかなと」
年齢を重ねて「もうこの服は着られない」と離れていくのではなく、次のステージでも付き合いが続く。お客様が「卒業しない」からこそ、顧客は増え続けていく。葛谷氏の事業展開は、そんな長い関係づくりの延長線上にある。
「世界の平和に貢献する人と企業を創設する」という理念
同社の企業理念は「世界の平和に貢献する人と企業を創設する」。大きな言葉に聞こえるが、葛谷氏の説明は身近なところから始まる。平和は、誰か素晴らしい人がつくってくれるものではない。一人ひとりがその意識を持つことが大前提だという。
同社の接客では、お客様に似合うもの、お客様がきれいになれるものを勧めることを基本にしている。お客様と向き合うのではなく、横に並んで一緒に考える。そうした寄り添う接客を、葛谷氏はスタッフに求めてきた。
原宿の店舗では、こんな出来事があったという。ある男性が、好きな女性がフィントの服を好きだからと来店し、スタッフの接客でワンピースを購入した。数カ月後、その男性は女性と二人で来店し、付き合うことになったと報告してくれた。さらにしばらくして、結婚することになったと知らせに来てくれたという。
「僕らがやってるお仕事によって、お客様の人生を変える力がある。洋服を着ていただいて、ハッピーになって、幸せになっていただいて、そこには平和というか、温かみというか、そういうものを我々が提供してるんだよ、と」
相手を思いやる気持ちや感謝する気持ちが広がり、国境や人種を越えて互いにそう思えるようになれば、争いはなくなっていくのではないか。隣の人に、隣の国の人に、その思いが伝わること。それが理念に込めた「平和」の意味だと葛谷氏は語る。
会社に関わった人がみんな幸せになってほしい、という思いも強い。お金は大事だが、たくさんあっても幸せでない人もいる。周りの人に自然と感謝できる人には、また何かが返ってくる。それが幸せへの一番の道ではないかと葛谷氏は考えている。旅行のお土産を持って店を訪ねてくれるお客様もいるという。
この思いは、新たな事業にもつながっている。いま葛谷氏が取り組んでいるのが、スイーツカフェのフランチャイズ化だ。京都・河原町に「フィントカフェ」を開き、クレープやソフトクリームを提供している。ソフトクリームはイタリア製の機械を使い、北海道のノースプレーンファームという牧場の材料でつくっているという。
「美味しいものを食べると幸せ感いっぱいじゃないですか。スイーツを食べるときって、争うこと起きませんよね。幸せ感が感じられるような空間を広げていきたい」
洋服も、暮らしも、スイーツも、人を幸せにするという一点でつながっている。いろいろな国でそうした幸せを感じられるようになれば――葛谷氏の視線は、その先を見据えている。
学生・若者へ、思いは現実化する
採用については「ご縁」だと葛谷氏は言う。さまざまな職種で募集を行い、面接も随時実施している。最近は海外からインターンシップを希望する人も多く、海外にビジネスを広げたいと考えていた矢先に、タイとイギリスにルーツを持つ若者からインターンの申し込みが届いたという。求める人物像を尋ねると、「エネルギーがある人」という答えが返ってきた。
「一番大事なのは、やりたいというものを持っているかどうか。これをしたいとか、あれをやりたいとか、そういうものを持っているっていうことが一番大事」
新しいブランドをつくりたい人でも、こんな事業をやりたいという人でもいい。その思いを語ってもらい、思いが強ければ「よし、やろう」と一緒に取り組みたい。ただし、実際に一生懸命やるのはその人本人だ、と葛谷氏は付け加える。ゼロから事業を築いてきた経験から、やりたいという意志があれば、苦労はしても必ずそこへたどり着けると信じている。やってみてダメなら、次のことをやればいい。儲け主義ではなく、相手にもハッピーになってもらうウィンウィンの関係で進めていく。それが葛谷氏のビジネスの基本だ。
学生へのメッセージとして、葛谷氏がまず挙げたのは「思考は現実化する」という言葉だった。
「こうなりたいっていうのは強く思うことがすごく大事で、それを夢に終わらせずに、夢は実現するんだという形で、どんどん考えてもらうことが、すごくいいことだろうと思ってます」
思いが強ければ自分も動くし、それに関連する人やものが見えてくるようになる。葛谷氏自身、「こういう人がほしい」「こういうことがやりたい」と思っていると、不思議とそういう人が近づいてくる経験を重ねてきたという。
もう一つ、葛谷氏が学生に伝えたいと語ったのが、近代史をしっかり学ぶことの大切さだ。歴史は勝った側の目線でつくられるものであり、まずは事実をしっかり認識したうえで、自分たちはどうするかを考えてほしいという。日本は長く平和が続いてきた国であり、平和であればこれほど良い国になれるということを世界に広げていくべきだ。その役割を担うのは、今の若い世代だと葛谷氏は語る。
23歳で「商売をやりたい」という一心から始まった歩みは、ブランドづくりを経て、人の人生に寄り添い、平和を願う事業へと広がってきた。強い思いを持って飛び込んでくる若者を、葛谷氏はきっと「一緒にやろう」と迎えてくれるはずだ。
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