株式会社F.クリエイト 社長 古宮 昇

知る人ぞ知るいい会社でありたい

社長古宮 昇

公開 取材・文 ローカル文庫 編集部

この記事について

会社
株式会社F.クリエイト
所在地
大阪府
話を聞いた人
社長 古宮 昇
公開日
2026.10.31
聞き手
ローカル文庫 編集部

今回お話を聞いたのは、株式会社F.クリエイトの代表の古宮昇さん。お店の商品を載せる陳列棚の施工をしている会社です。取材では、独立の経緯、自社で作った手配システム、休みの考え方、採用、これからのことを聞きました。

「自分がやってきた根性論は、絶対、他人には押しつけないっていうスタンスでやってる。」

01 高校時代は、全くこの業界を知らなかった

大学に全く興味がなかった

高校時代は、本当に全く今の業界のことは知らない状態でした。 昭和世代なんで、友達とマージャンをやってて。遊びに行くお金が欲しかったんです。

当時は、アルバイトをしたらすぐお金をくれる、今でいう派遣の先駆けみたいなものの全盛期でした。 友達が登録してて、すぐお金もらえるからやらへんって言われて、登録しました。

大学には全く興味がなかったので、そのままその会社で働きたいなって。 最初は人を手配する手配係をしてたんです。

出向で、お客さんの中に入り込んだ

一年半ぐらい経ってからかな。 陳列什器を作ってた会社に、うちから二人ほど出向してて、忙しくなるからもっと出せないかという話になりました。 それで自分も出向することになったんです。

そこから約十年、什器の開発やお客さんとの打ち合わせ、現場管理。たまには自分も施工しながら。 今の会社のベースとなる仕事を、そこで覚えました。

古宮さんは、職人としてではなく、出向先で現場管理をする側から仕事を覚えたと、話した。

02 理想な工事業者を、自分で作ったらいいか

職人社長ではなく、管理側の社長として

他の会社の社長は、腕がいいからこの社長についていく、という職人集団が多いんです。 僕はお客さんの中に出向で入り込んだので、仕事を監修して指示する、管理側の目線でずっとやってました。

だから職人社長ではなくて、管理側の社長なんですよね。

メーカーの管理側の目線で、こういう取り組みをしたらいい、こういう会社があったら評価される、というのが見えていた。 でも実務の中で、なかなかそういう工事業者がいなかったんです。

じゃあ、理想な工事業者を自分で作ったらいいか、と。

四人が毎日売り上げるのと、十人、二十人と

当時いた会社はコンビニの仕事ばかりで、職人を二人から四人、毎日派遣して終わり。 毎日仕事があるからいい、という考えでした。

僕からすると、給料を払うだけで、事務所経費や倉庫代は他の部署の売上でまかなってるような状態やから。 自分はジャスコやドラッグストアみたいな、中規模から大規模の物件を担当してました。

決算の数字は今も詳しくないんだけど。 給料を払って残ったお金で、ボーナスも出してあげることを考えたら、全体でもっと人数多く受ける中規模物件を主に仕事にしないと、と思ってました。 独立したのは二十九歳のときです。

03 ホワイトボードに全部提示して

情報を隠す流れが、よくあった

手配係をしてたころは、全部手書きで名前を書いてて。 誰をどこに配置したかは記憶でしかなく、漏れがあったり、同じ名前が書かれてたりしました。

アルバイトの子らは楽な現場に行きたがるから、しんどい現場から先に押さえる。 そうやって情報を隠す流れがよくあったんです。

でも僕は、情報を開示した方がいいと思った。 忙しい時に出て、仕事が明らかにない時に休む。そういう協力関係を築けた方が、絶対お互い気持ちよく仕事ができるんだろうなと。

だからノートではなく、ホワイトボードに全部提示しました。 百均のマグネットを色と形で分けて、赤の丸は誰々、みたいに。 カレンダーの右側に全員を置いておいて、日程に動かしたら手配済み。右に残ってる子は、使ってないのが一目瞭然でわかるんです。

もう限界やなと思って

ただ、全部アナログなんですよね。 東京に出張したり夜勤があったりしたら、ホワイトボードを写メ撮って、A4で出力して、書き直して、また写メ撮って社員に送る。

いや、もう限界やなと思いました。

それでこのホワイトボードの機能をデジタル化できへんかと相談して、システムを作りました。 そこから毎年のように予算を投資し続けて、会社のいろんなシステムを作ってきたんです。

出張から帰ったら休めるのか、仕事なのか。どこの会社も事務所に電話して確認してると思うんだけど、みんなが個人で確認できる形にしたかった。

自社の手配システムは使っていたホワイトボードの仕組みをデジタル化したものだと、古宮さんは話した。

04 休みたい日は休めますよ

連続勤務が、当たり前のように横行してた

休みたい日は、記念日や誕生日、人によって違うじゃないですか。 だから平日この日休みたいなら、その分どこかの土曜に出てね、というのを、一ヶ月の中で早めに配置していきます。 三連休に一日しか休めなくても、違うところで連休を取れるようにする。

他の会社は、仕事があるから休みなんかない、というところが多いんです。

僕らの仕事って、夜の九時から朝六時まで工事して、コンビニでカップラーメン食べて、駐車場で一時間だけ仮眠して、八時からまた夜八時まで、みたいな連続勤務が当たり前の業界でした。 それを十年以上前から禁止して、お客さんにも人を入れ替えさせてくれ、と話してます。

徹夜明けに車を運転して居眠りで事故を起こした、という話を、知り合いの会社から聞くんです。 乗ってた三人全員が一週間入院とか。

やっぱり無事に家に帰って、家族と当たり前の幸せな生活ができる環境を作らないと、幸せじゃないなと思って。

値段を下げてこれやれ、という仕事は断る

売上や仕事を追い求めるだけじゃなくて。 自分たちをちゃんと人として、職人として認めて、お金を払ってくれるお客さんと取引する。 当たり前のように値段を下げて、これやれ、というお客さんの仕事はお断りしてます。

その分仕事がなかったら、会社の改善をしたり、休みを取ったり。無理しない働き方をしようという考えで、今までやってきました。

今、休みが多いとか、資格のお金を会社が負担するとか、配信してる会社が多いでしょう。 僕から言わせたら、20年前からずっとそれ取り入れてるんだけどな、と思うんです。

いいお店を作る手助けができる

うちがやってるのは、商品を載せる陳列棚の施工です。 建物ができて、鍵を引き渡して、家具を入れていいよ、となった後に入る仕上げの舞台なんです。

お店って、必ず独自性がある。だから前にやった経験に基づく応用が必要になります。 ここのお店、うち工事したで。ここのドラッグストア、うち工事したで。 みんなが利用する身近な施設の工事に携われる。僕はそこにやりがいを感じてます。

古宮さんの会社では、十年以上前から徹夜明けの連続勤務を禁止していると、社長は話した。

「うちはもう本当、二十年前から休める日は休ますよっていうスタンスでやってて。」

05 知る人ぞ知るいい会社でありたい

このまま死ぬのは嫌だな

本当は、もっと大きい敷地で大きくやりたいという夢もあったんです。 でも本当に仕事に人生を捧げてて。 家族のために頑張ってたんだけど、家族とかなり揉めて、距離があるというかね。妻も理解はしてくれたんですけど。

社員に対してはいい会社だったのに、自分だけは仕事に全振りしてて。 このまま死ぬ時に、仕事だけの人生だったなって死ぬのは嫌だなと思いました。

ここ三、四年で、考え方が百八十度変わりました。 今は、家族にできるだけ時間を割くために働いてる状態です。

社長がいなくなっても、崩れない組織に

今、会社には高校を出てすぐの、十九や二十歳の子もいます。二十五以下が六人ぐらいいるのかな。 僕は今年で五十です。 十年、十五年経ったとき、その子らが一番仕事できるときに社長がいなくなって、転職せなあかん、という不安を与えたくない。

だから大きい会社ではなく、より強固な組織にしたいんです。 知る人ぞ知るいい会社というのが、自分の中での理想というか。

社長のエゴなんですけど、うちを選んで働いてくれてる従業員や取引先が、幸せに笑顔で働ける。そういう組織に強くするのが、今の夢です。

高卒のキャリアで

十年ぐらい前は大卒の採用もしてたんだけど、みんな一年後に辞めていったんですよね。 僕自身も高卒のキャリアなんで、一生懸命働くことが報われる会社になれば、高卒採用の方がいいんじゃないかと。 最初の二年ぐらいは一人も来なかったけど、三年目は五人来たのかな。

これからロボットやAIは絶対入ってくると思います。 でも、うちは小さい店舗もやるので、マンパワーがずっと必要な仕事でもある。 デジタル化できるところは補って、最後の判断や仕上げは人がやる。それを使いこなしながら、いい働き方ができる会社を作るしかないですよね。

取材では、古宮さんから、派遣のアルバイトから独立までの経緯、ホワイトボードから生まれた手配システム、休みと連続勤務の考え方、家族との時間を選び直したことの話を聞きました。

取材: 島田大輝/ローカル文庫編集部

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