株式会社萩原建設 社長 萩原 義雄

一冊の写真集が建築の道を開いた。伊勢で「つくる」を広げ続ける萩原建設

社長萩原 義雄

公開 取材・文 ローカル文庫 編集部

この記事について

会社
株式会社萩原建設
所在地
三重県
話を聞いた人
社長 萩原 義雄
公開日
2026.10.18
聞き手
ローカル文庫 編集部

本屋で出会った写真集が、建築をやめかけた自分を変えた

三重県伊勢市の株式会社萩原建設は、木造を中心に設計から施工までを手がける会社だ。社長の萩原義雄さんは、ものづくりに囲まれて育った。

祖父は明治生まれで、大工とみかん農家を兼ねていた。伊勢市から南へ下った、太平洋に面した暖かい土地に暮らし、夏休みに萩原さんが泊まりに行くと、いつも何かを作って待っていてくれたという。将棋盤を作ってくれたこともある。築150年ほどの古民家を祖父が自分の手で増築している様子を、興味深く眺めていた。父もまた工務店を営んでおり、家を出ればすぐ作業場で、大工が毎日木を刻んでいた。

「まあそういう環境で育ってたんだね。なんか自然と、家を作る仕事になるのかな、なんて、おぼろげながらね」

しかし大学受験では、建築学科をすべて落ちてしまう。浪人生として名古屋に出て予備校に通い始めたものの、初めての一人暮らしで五月病になり、生活が乱れて通えなくなった。

このままではいけないと予備校の運動会に顔を出した頃、ふと思った。建築学科を受けようとしているのに、そこで何を学ぶのかまったく知らない。そこで名古屋の大きな本屋の建築コーナーへ向かった。構造、設備、建築士の受験書。手に取ってみても面白いと思えず、1時間ほど座り込んだ末、もう建築はやめようかとまで考えた。帰ろうとしてふと下の棚を見たとき、一冊の写真集が目に入った。近代建築の巨匠の一人、フランク・ロイド・ライトの作品集だった。

「ページを開いたらもう衝撃を受けたんですよ。見たことのない建築がこうね、並んでるじゃないですか。お金なかったんで、買おうかどうしようかって悩んで。けど今これを買わなかったらもう本当にダメになると思って、思い切って買ったんですよ。まあ本気で建築をやろうとしたきっかけ」

29歳で独立、「つくる研究所」の誕生

大学では建築の中でも設計を専攻した。卒業時にゼミの先生から「うちに来い」と声をかけられ、就職活動をすることなく、その先生の設計事務所に入った。主に住宅の設計を手がける事務所で5年ほど働き、29歳で独立する。

きっかけは、共通の友人から舞い込んだ設計の依頼だった。別の設計事務所に勤めていた同級生とともに、二人で設計事務所を開いた。ところが、最初の仕事は途中でなくなってしまう。大手の仕事や修行時代のつながりの仕事で食いつなぎながら、3、4年ほど二人で事務所を続けた。

その後、子どもが生まれて引っ越すことになり、名古屋の事務所まで通うのが大変になった。そこで事務所を二つに分け、萩原さんは自分の事務所に「つくる研究所」と名付けた。

「子どもの頃から作ることが趣味だったので。学校から帰ってきたら工作三昧だったんですよ。作るということをテーマに、なんか設計事務所やりたいなと思って、そういう名前にしました」

自宅を兼ねた借家で事務所を開き、少しずつ仕事も取れるようになっていった。

父が倒れ、伊勢へ。設計と施工がひとつになる

設計の道を歩み続けるつもりだった萩原さんに転機が訪れたのは、36歳の頃だった。伊勢で工務店を営んでいた父が倒れたのだ。父は回復したものの、それを機に仕事からは完全に手を引いた。萩原さんは伊勢に戻らざるを得なくなった。

それから1年間は、名古屋と伊勢を行き来しながら両方の仕事を掛け持ちした。子どもが学校に上がるタイミングで伊勢に帰り、本格的に工務店を継いだ。それまで父の会社では設計を外注していたが、萩原さんの事務所を統合したことで、設計施工を一体で担う会社へと生まれ変わった。

ただ、当時の心境は前向きなものではなかったと率直に明かす。

「その時はね、気持ちはすごく腐ってました。もうこんな田舎で何ができるんやと思って、なんかやりたくなかったので」

若い頃は、親への反発心もあって施工はやりたくなかった。しかし工務店も設計もすべて自分がやらざるを得なくなり、闇雲に仕事に向き合ううちに、気持ちは変わっていった。

「でもね、やっぱりやり出すとね、面白いんですよね。いろんな職人さん使いながら、こう思うようにできたときは、まあやっぱりすごく満足感がありますよね。物を作る仕事っていうのは楽しいですよ」

現在の萩原建設は、現場監督2人と設計スタッフ1人、事務、そして新しい事業のスタッフという少人数の会社だ。萩原さんは普段は設計をしながら、現場にも足を運ぶ。宣伝はほとんどせず、お客さんが見つけてくれるのを待つスタイルで、新築だけでなくリフォームも多く手がけ、地元に愛される会社を目指している。それでも仕事は目いっぱいだという。

20年以上続くみえ木造塾と、民泊という新しい挑戦

40歳のとき、萩原さんは伊勢の友人とともに「みえ木造塾」を立ち上げた。建築のプロに向けた勉強会で、伝統工法を受け継ぐ大工を招いたり、木造建築で活躍する建築家を呼んだりしてきた。コロナ禍にはオンラインに切り替えて続け、今では24年目ほどになる。

20年以上続けるなかで、コロナ明けに萩原さん自身がくたびれてしまい、仲間に「もうやめよう」と伝えたこともあった。すると、一緒に活動してきた40歳ほどの若手が「自分がやる」と名乗り出た。塾長が代わったことで塾生も大きく若返り、三重大学の学生も多く参加するようになって、中身がずいぶん変わったという。木造塾を通じて知り合った建築家たちとの友人付き合いは、萩原さんにとって大切な財産だ。80歳、90歳になっても現役で活動する講師たちを目の前にすると、「隠居なんかしとれんな」と思わされる。

コロナは、もう一つの挑戦のきっかけにもなった。以前から興味のあった民泊だ。建築の仕事に新鮮みを感じにくくなっていたこともあり、伊勢神宮の内宮のすぐ近くで空き家を購入し、自社で改装して民泊を始めた。会社の敷地内にあった空き家も、コロナの時期の補助金を利用してレンタルスペースに改装した。どちらも息子夫婦が運営を担っている。集客は主に民泊の予約サイトと自社のホームページで、土日はだいたい予約が入り、正月や大型連休などの時期にはさらに多くの人が訪れるという。

「まあなんていうか、専門分野じゃないけど、新しいこと始めるのは楽しい」

新築が減る時代に、残された民家を生かす

ここまで続けてこられた原動力を尋ねると、萩原さんは「つくる」ことそのものへの愛着を挙げた。

「元々やっぱり作るのが好きなので。民泊という仕組みを自分自身で作るとか、それを通じて新しい関係ができるじゃないですか。広い意味で作るっていう定義が広がってきたわけですよ。物を作るっていうことを超えて人間関係も含めて、何かを新しく作ったり工夫したりっていう、結局そういうことが好きなんだと思います」

会社の将来については、自分がやれる限りは続けていくつもりだという。一方で、建築を取り巻く環境は変わりつつある。建築にかかる費用は大きく上がり、少子高齢化のなかで新築の仕事は減っていく。そのうえ日本には放置された空き家があふれている。

だからこそ萩原さんは、これからは空き家の活用がメインの仕事になると見ている。祖父の代、父の代が作ってきた民家が、まだたくさん残っている。人間がいて建物がある限り、建築の仕事がなくなることはない。今まで作り上げてきたものを、新しい形で活用していく。民泊での挑戦も、その延長線上にある。

建築に興味を持つ若い人は、自分たちの若い頃より増えていると萩原さんは感じている。大学の建築学科は人気があり、女子学生も大きく増えた。ただ、設計の仕事に憧れて業界に入っても、思うようにいかずに辞めていく人も多い。続けなければ上達しないのに、その前に夢が途切れてしまう。そこに業界の人手不足の一因があるのではないかと話す。

若い人へ、情熱を傾けられる仕事に早く出会ってほしい

建築の仕事は、何もないところから大きなものを作り上げる仕事だ。新しい技術も次々と生まれる一方で、古くから受け継がれてきた技術もある。特に木は自然そのもので、育てる技術にも長い歴史がある。環境への関心が高まるなかで木造建築が注目されている今、身近にありながら多くの人が知らない木の世界は、奥が深く楽しいと萩原さんは語る。

学生へのメッセージを求めると、ゼミの先生に誘われるまま就職し、そのまま独立した自身の経験を振り返りながら、こう話してくれた。学生時代、設計を目指すならお金を稼ぐのは諦めろ、と言われたこともあった。それでも、お金がなくても大丈夫だと思って飛び込んだという。

「長続きするには、好きじゃないと絶対長続きせんでしょ。あんまりこう条件で考えずに、やっぱりこう情熱を傾けられるような仕事に、ぜひ早く出会って。で、そこを軸にね、自分のテーマを持って、長く続けてほしいなって」

取材の最後には、自ら会社を立ち上げた学生のインタビュアーに向けて、こんな言葉も贈ってくれた。

「自分でやるなら早い方がいい。怖いものがない時代にやるのが一番いい」

一冊の写真集との出会いから始まった建築の道は、設計、施工、塾、そして民泊へと、形を変えながら広がり続けている。「つくる」ことを楽しみ続ける萩原さんの姿は、好きなことを軸に生きることの豊かさを教えてくれる。

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