三代続く建築の家に生まれて
京都市北部で注文住宅を手がける石田工務店。代表の石田泰久氏は、建築に携わる家系の三代目にあたる。祖父は戦前から同じ場所で左官業を営み、父の代で工務店へと業務を転換した。幼いころから建築が暮らしの身近にあった石田氏にとって、家業を継ぐことはごく自然な選択だったという。
「生活の中で建築との関わりがかなり深かったので、継ぐのが自然かなと」
もともとは文系科目が得意だったと振り返るが、進んだのは理系の道である。大学受験で建築学部を選んだ時点で、家業を継ぐ道は定まっていた。「建築学部に進むと決めたことが、そのまま継ぐと決めたことと同じでしたね」と、石田氏は当時の心境を語る。
もっとも、大学卒業後すぐに家業へ戻ったわけではない。まずは銀座の設計事務所で三年間、施工図を描く仕事に携わった。意匠図ではなく、設計の意図をいかに円滑に施工班へ引き渡すかを考える、実務に直結した図面の世界である。その経験を積んだうえで、石田氏は石田工務店へ戻った。

研修が変えた、経営者としての意識
会社に戻ってからも、すぐに代表に就いたわけではない。いわば補佐的な立場で、およそ十一年にわたり現場と経営の両方を学び続けた。
「工務店の仕事の流れも会社のルールもわからなかったので、それを少しずつ覚えていきました」
代表に就任したのは、今から二十五年ほど前のことだ。
戻ってきた当初は、仕事への気概が十分ではなかったと石田氏は率直に明かす。転機となったのは、知人である建築士学校の講師から研修を勧められたことだった。日本創造教育研究所の研修を段階的に受講し、経営者向けの勉強会にも一年半ほど通い続けた。さらに松下政経塾の京都フォーラムにも会員として参加し、学びを深めていった。
「毎日、いろいろなことにチャレンジしようという姿勢が芽生えました」
レベルが上がれば、それに見合った課題が次々と現れる。だからこそ一つひとつを乗り越えていくのだと、石田氏は今も日々の挑戦を続けている。

信頼と地域密着を貫く経営
経営者として何より大切にしているものを尋ねると、石田氏は迷わず「信頼」と答えた。そして、つくるものの安全である。
「社長の日々の生き様は、社員の生き様に映っていきます。お客様に信頼されるには、まず自分が自分を信頼できるかどうかが大事なんです」
その信頼を支えているのが、約束を守るという姿勢だ。
石田氏は「先約優先」を掲げる。一度予定を入れたら、後からどれほど条件のよい仕事が舞い込んでも、決して変えない。「そこで予定を変えたら、自分を信頼できなくなるし、人にも迷惑をかける。その場限りのおいしい話はあっても、長い目で見れば必ずマイナスになります」。
もう一つの軸が、地域密着である。
大手企業では社長が三年から五年で交代することも珍しくないが、中小企業の代表は長く変わらない。
「社長も担当者も変わらないから安心だと言ってくださるお客様も多いんですよ」
大手が地域から撤退すれば、メンテナンスへの不安が残る。地元に根を張る工務店だからこそ得られる信頼がある。実際、依頼の多くは紹介とリピート、そして京都市を通じた耐震診断などの仕事から広がっているという。

拡大よりも「楽しさ」を選ぶ
石田工務店は、いわゆる拡大路線をとらない。「本当に拡大志向はないんです」と石田氏は言い切る。手がける仕事の多くは地元をはじめとする近隣からの依頼だ。対象とする地域を絞り込むことで、密度の高い施工と手厚いアフターフォロー、丁寧な打ち合わせが可能になる。
「うちに合った仕事をする。それがブランドになり、イメージづくりにもつながります」
何でも安く請け負う一般的な仕様の家であれば、他社に任せたほうが顧客にとって幸せかもしれない。だからこそ、自社に合う顧客かどうかを見極めることを重視している。かつては拡大を目指した時期もあったが、経営者自身のスキルや右腕となる人材が育たないまま規模を広げれば、かえって問題が増えると気づいたという。
そうして石田氏がたどり着いたのは、経営そのものを楽しめるかどうかという答えだった。
「正解はありませんが、自分がやっていて楽しい、喜びを感じられるやり方でないと続きません」
プロ野球選手を例に挙げ、能力だけを頼りに上を目指しても、より優れた選手に囲まれるうちにやる気を失ってしまう人は多いと語る。しかし、その競技が本当に好きなら続けられる。
「楽しいと思えて、趣味のように仕事ができれば長続きします」
ただし、その楽しさは周囲に貢献してこそ仕事になるのだと、石田氏は言葉を添えた。

理念に込めた「たった一つの住まい」
石田工務店には、明確な理念とビジョンがある。理念は次の四つだ。
1.自然と響き合うたった一つの住まいをつくります。
2.私たちは住まいづくりで、120%の満足と感動を共有します。
3.目に見えない存在や思いが美しい花(住まい)として結実することを信じます。
4.私たちは京都市北部の皆様の暮らしに関わり続けます。
そしてビジョンは、
「幸せになる住まいづくりを通して、住む人もつくる人も幸せになろう」。
「『自然と響き合うたった一つの住まいをつくります』、これがまさにオーダーメイドなんです」
顧客の頭の中には、すでに完成した住まいのイメージがある。それを目に見える形にするのが自分の仕事だと石田氏は言う。「お客様の想いを、いかに自分の頭の中に入れられるか。工夫して聞き取り、確認しながら共有していく。それが『美しい花』となるんです」。
手間暇のかかるやり方で大変ですが、そうすることで120%の満足と感動を共有できる。それがリピートにつながり、さらに一歩進んだ紹介へと広がっていきます。
その背景には、自然素材を活かした家づくりへのこだわりがある。人の体になじむ素材を選び、接着剤や樹脂系の建材をできるだけ避けることで、住み心地を高めていく。人間も動物の一つであり、植物も、あらゆるものが生きている――そうした思想が、理念とビジョンの根底に流れている。

学生へ伝えたい、会社と仕事の見極め方
取材の終盤、石田氏は学生へのメッセージを語ってくれた。まず伝えたいのは、学生のうちにできるだけ遊び、さまざまなものを見ておくことだという。「社会人になったら、そんなに時間はありません。今のうちにやっておかないと、後からではできないんです」。とりわけ勧めるのは海外へ足を運ぶことだ。SNSや映像で何でもリアルに見られる時代でも、実際に現地へ行き、人と会って言葉を交わすことでしか得られない実感がある。
「否定せず、まず受け入れてから考える。自分も一つの個性にすぎず、正しいわけではないんです」
会社選びについては、規模の大きさに惑わされないよう説く。「大きいからいいというわけではありません。小さい会社のほうが工夫の余地があるし、裁量も大きい。失敗しながら、工夫しながらやっていければ、しっかり育ててもらえます」。求人媒体でわかるのは条件面ばかりだからこそ、SNSやホームページで社風をつかみ、可能であれば社長に会って話を聞くのも一つの方法だという。「時間を合わせて会ってくれるなら、いい会社かもしれませんね」。
厳しい環境が合う人もいれば、やさしく育てられて伸びる人もいる。だからこそ、会社のスタイルと自分のスタイルが合っているかを見極めることが大切だと石田氏は語る。理想とするのは、一人ひとりの長所に光を当てるボトムアップ型の会社だ。
「いろんな花があって、みんないいものを持っている。その光を見つけて当てていくのが、これからの会社だと思います」。
最後に石田氏は、手に職を持つことの強さにも触れた。大工のように、現場で工夫が求められる仕事はAIに代替されにくい。
「足場の悪いところで、建物の傷んだ箇所を見極め、どの材料をどう刻むかを考える。それをAIができるかといえば、相当ハードルは高いでしょう」
世の中の流れに乗って周囲と同じ方向へ進むのではなく、自分の個性と好きなことを見定め、それに合った職種を選んでほしい――三代にわたって地域と向き合ってきた経営者の言葉である。


