工業高校で選んだ建築の道
三重県で建築の仕事を手がける株式会社小川。代表の小川健一氏は、30歳で独立して以来、33年にわたって会社を続けてきた。同級生の多くが家業を継ぐなかで、自ら事業を立ち上げた経営者の一人だ。
小川氏が建築の道を選んだのは、工業高校に通っていたころだった。当時から建築という仕事に魅力を感じ、在学中にこの道に進むことを決めたという。高校を卒業すると、すぐに建築会社へ就職した。
その会社には30歳まで勤めた。小川氏は早くから「30歳で独立する」と考えていたという。だからこそ、勤めていた会社では営業から現場の管理、アフターサービス、お客さんへの接客まで、あらゆる仕事を任されるなかで、独立に向けて必要なことを幅広く学んでいった。一つの部署や工程にとどまらず、家づくりの最初から最後までを一通り経験したことが、のちに自分の会社を率いるうえでの土台になった。
高校生で進路を決め、社会に出てからは独立という目標から逆算して経験を積む。その姿勢は、進路に迷う学生にとっても一つのヒントになるかもしれない。
30歳で独立、最初の3年を乗り越えて
独立してまず直面したのは、資金の壁だった。小川氏が最も苦労したと振り返るのは、銀行からの融資だ。当時、銀行は独立して3年ほどは融資に応じないという姿勢で、クレジットカードをつくることもできなかったという。その3年をどう乗り切るかが、最初の大きな課題だった。
それでも3年が経つと、今度は銀行の側から融資の提案が来るようになった。事業を続けてきた実績が信用となり、銀行との関係も変わっていったのだ。
もう一つの壁は年齢だった。30代での独立だったため、年配のお客さんや業者に話をする際、若さが障害になることもあったという。しかし、それも時間とともに解決していった。前の会社のころから取引のある業者とは今も関係が続いており、何十年にわたる信頼関係のなかで協力を得ている。
独立したばかりの時期は、お金も信用もまだ十分ではない。そのなかで一つひとつの仕事を積み重ね、時間をかけて周囲からの信頼を得ていく。小川氏の歩みからは、独立という選択の厳しさと同時に、続けることで道が開けていく様子が伝わってくる。
誠実さと顧客第一を貫く
33年間、事業を続けてこられた理由を尋ねると、小川氏が挙げたのは「顧客第一」と「誠実さ」だった。信用を大切にしてお客さんに向き合えば、お客さんは自然と満足してくれ、また仕事を頼んでくれるようになる。小川氏はそう考えている。
小さな仕事でも大きな仕事でも、分け隔てなく対応する。それが小川氏の信念だ。その積み重ねが、リピーターのお客さんを生んできた。さまざまな困難な時期もあったが、誠実さを貫くことで乗り越えてきたという。
また、小川氏は「承認欲求を表に出すことは絶対にしない」とも語っている。自分を認めてもらいたいという気持ちを前に出すのではなく、目の前の仕事に誠実に向き合う。その姿勢こそが、事業を続けていくうえで大切な要素だと考えている。
建築という仕事ならではの誇りもある。完成した建物は、つくった自分よりも長くその場所に残り続ける。小川氏は、昔は地図に載ることが一つの目標だったが、今はストリートビューに載ることを目標にしていると話す。これまでに手がけた物件のうち、何百件もがストリートビューに映っているそうだ。
地元は車社会だ。お客さんが車で走っていて小川氏の工事を見かけ、「あ、小川さんの工事だ」と気づいてくれる。そうして感謝の言葉をもらえることが、小川氏にとって何よりのやりがいだという。金銭的な報酬よりも、お客さんの満足を大切にしている。
思い出を形に残す、小さな工夫
小川氏は、お客さんに喜んでもらうための工夫も重ねてきた。その一つが、完成した物件の写真をDVDにまとめて渡すことだ。事前にお客さんの好きな音楽を聞いておき、その音楽をBGMにして写真に合わせて編集する。
引き渡しのときにそれを渡すと、涙を流すお客さんも多いという。そして、そのお客さんが新たなお客さんを紹介してくれる。30年にわたって、お客さんの親や兄弟、親戚、友人までもがお客さんになるという好循環が生まれてきた。何十年も続けていると、かつてのお客さんの子どもが結婚して家を建てる、という世代を超えたつながりも生まれている。
現在はほとんど営業活動をしておらず、新しいお客さんは紹介によって訪れる。年に4回、春夏秋冬の季節ごとに、自分で撮った写真と役に立つ情報を載せたニュースレターをつくってお客さんに届けているのも、そうした関係を大切にする小川氏らしい取り組みだ。
ホームページも、小川氏が自分でつくり、更新もすべて自分で行っている。一方でSNSについては、不特定多数に向けた発信は控えている。お客さんと一対一でやり取りするには便利だと考えており、使い方を見極めながら付き合っているという。
完成した物件の写真を撮り、お客さんの好きな音楽に合わせて編集する。季節ごとのニュースレターをつくる。ホームページを更新する。こうした作業の多くを、小川氏は自らの手で行っている。建物を引き渡したら終わりではなく、その後もお客さんとの接点を持ち続けること。それが、紹介が紹介を呼ぶ関係につながっているのだろう。派手な広告を打つのではなく、一人ひとりのお客さんに誠実に向き合い続けることが、結果として会社を支える力になってきた。その積み重ねの大きさは、33年という年月が示している。
三重県は縦に長い地形だ。小川氏はお客さんのもとへ素早く駆けつけることで、人間関係を築いてきた。毎日のように車に乗り、走行距離は月に6,000〜7,000キロにのぼるという。車での移動が好きだと話す小川氏にとって、地域で事業を続けていくうえで車は欠かせない存在だ。
5人の組織と、新しい技術を使いこなす力
現在、会社は5人で運営している。かつては15人ほどの従業員がいた時期もあったが、人数が増えても一人当たりの売上は変わらず、人間関係が複雑になってトラブルも増える。そう考えた小川氏は、5人の体制が最適だと判断している。人件費をかけるなら、最高のコンピューターを買うほうが効率的だという考えだ。
その言葉どおり、小川氏は新しい技術への感度が高い。コンピューター、ロボット、ドローンなど、新しい技術が出てきた当初から取り入れてきた。コンピューターのプログラムを自分でつくって運用し、ドローンは価格が今よりずっと高かったころから購入して活用している。
ドローンは現場の撮影に使っている。高い視点から写真を撮ることで、事前の調査や建物の雰囲気の確認、ビルの調査などに役立てている。メールの対応にはAIを活用しており、受け取ったメールをAIに読み込ませ、自分の希望を伝えたうえで返信文をつくらせているという。
従業員には携帯電話、タブレット、パソコンをすべて持たせ、データを共有することで、わざわざ電話をしなくても仕事が完結できるようにしている。お客さんともスマートフォンやタブレットでデータを共有しており、いつでも対応できる体制を整えている。今後10年は現場の仕事を従業員に任せ、自身は事務の仕事を担っていく考えだという。
先の見えない時代について、小川氏は前向きだ。5年先、10年先のことは分からないからこそ、一生懸命に生きていくしかない。「これはダメだ」という考え方で進むと悪い循環が始まってしまう。足元に積み上げてきたものをもとに、今を頑張る。一生懸命やれば、先は必ず明るい。小川氏はそう考えている。
若者へ、一生懸命やれば必ず認めてもらえる
最後に、若い世代へのメッセージを求めると、小川氏はまず人間関係の大切さを挙げた。建築は人間関係が何より重要な仕事であり、欲を表に出してしまったら建築はできない。業者であっても、社員であっても、お客さんであっても、それは変わらないという。
そして、自分に妥協してはいけないと語る。認めてもらおうとして承認欲求を前に出すのではなく、一生懸命にやる。そうすれば、周りは自然と認めてくれる。一生懸命やれば、必ず結果はついてくる。それが、33年間の経験から小川氏が伝えたいことだ。
建築は信用で成り立つ仕事であり、つくった建物は自分よりも長く残る。その「残る」ことへの誇りが大切だと小川氏は話す。同時に、自分の思いを相手に押し付けてはいけないとも語った。
工業高校で建築に惹かれ、30歳で独立し、融資を受けられなかった時期も乗り越えて、33年。小さな仕事にも大きな仕事にも同じように向き合い、お客さんの思い出を形にしながら、世代を超えた信頼を築いてきた。「誠実さ」という一語に込められた重みは、町に残る何百もの建物が静かに物語っている。
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