代表 前田 隆彦

「紙と鉛筆と消しゴム」から、AIの時代へ。姫路の設計事務所代表が語る変化する時代の生き方

代表前田 隆彦

公開 取材・文 ローカル文庫 編集部

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代表 前田 隆彦
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ローカル文庫 編集部

大手ゼネコンで見えてしまった将来

兵庫県姫路市の株式会社加藤建築事務所は、建物の設計を手がける会社だ。代表の前田隆彦氏は、大学を卒業後、従業員が1万人を超える大手ゼネコンに就職した。学生時代については「普通に大学入って、普通に過ごしただけやな」と振り返るが、社会に出てから抱いた違和感は、はっきりと覚えている。

「組織が大きい分、個人がやれる仕事の幅が狭い。会社の一つの歯車として動いてるだけ。もう完全に埋もれてしまっている。ただ会社行って働き、給与を貰い、定年まで勤めて終わりみたいな。将来がなんかもう見えてしまって」

大手のやり方になじめなかったことに加え、自分の能力の限界も感じた。父が立ち上げた会社を継ぐことは、それまで頭になかったという。それでも30歳を少し過ぎた頃、前田氏は父の設計事務所に戻る決断をする。

創業者は前田なのに、なぜ「加藤建築事務所」なのか

この会社の名前を聞くと、多くの人が同じ疑問を抱く。創業者は前田氏の父なのに、なぜ社名は「加藤建築事務所」なのか。そう尋ねると、前田氏は「誰にでも聞かれる」と苦笑しながら経緯を話してくれた。

「加藤」は、父の母(前田氏の祖母)の旧姓だった。その加藤家が営む工務店に設計部があり、その設計部門を独立させる形で会社が始まった。そのときの名前が、そのまま社名として残ったのだという。

「途中どこかの段階で変えておけばよかったと思う。ただ60年以上、『加藤建築事務所』でやってきて、世間ではこの名前で通っているしね」

変えておけばよかったという思いはありつつも、60年以上の歳月の重みは、そのまま社名に刻まれている。取材前からこの疑問を抱いていたと伝えると、「そのために今説明したんや」と、いたずらっぽく返してくれた。

父は反面教師。昭和の社長とは違う道を

前田氏が会社に戻ったのは、父がまだ健在のときだった。しかし、父から仕事について教えを受けたことはないという。仕事に対するスタンスが、まったく違ったからだ。

「昭和時代の社長は『自分が一番偉い』みたいな感じの人が多い。親父もそういうスタンスだった。親父が生きてる間に私が会社継いだら、絶対にやり方で対立するのが見えてたから」

だからこそ、父が存命の間は社長にはならなかった。父が亡くなった後に、前田氏は代表に就任する。

「親父から影響受けたことはない。逆に反面教師みたいな面が多いかな」

その言葉通り、前田氏の語り口には「自分が一番偉い」という雰囲気はみじんもない。学生の取材にも気さくに応じ、ときに学生の将来を心配して率直な言葉をかけてくれる姿が印象的だった。休学しながら起業しているという取材メンバーには「親の立場になって考えてみてほしい」と前置きしたうえで、「やるならやる、やめるならやめる」と、中途半端にせず決めることの大切さを説いてくれた。社内の雰囲気も「めっちゃ緩いよね」と自ら言うほどで、「ちょっと緩すぎるかなって気はする」と付け加えた。

生徒たちの感想文に、やってて良かったと思えた

設計という仕事の魅力を尋ねると、前田氏は昔から言われている言葉を挙げた。

「設計の仕事って、ものを仕入れて加工して売るとか、そういう業種ではない。昔から言われてるけど「紙と鉛筆と消しゴムだけ」でなんでもできる。仕事の自由な幅があるし、やりたいことは自分で決められるので、そこが面白いかなと思うよ」

これまでで一番「やってて良かった」と感じたのは、30代の頃に初めて手がけた中学校の設計だった。校舎が完成したあと、そこに通う生徒たちからたくさんの感想文が届いたのだ。

「『こんな綺麗な校舎作ってくれてありがとうございます』……みたいな、そういう生徒たちの想いを感じたときは、やってて良かったなと思ったな」

紙の上で描いた線が形になり、そこで毎日を過ごす人たちの喜びにつながる。設計という仕事の醍醐味が、その感想文には詰まっていた。

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BIMとAIで、設計の仕事はガラッと変わる

会社の今後について尋ねると、前田氏はまず業界全体の大きな変化を挙げた。

「建築の業界に限らずやけど、今は設計のやり方がもうガラッと変わりつつある。BIMとかAIとか、新しい技術がどんどん入ってきて、設計のやり方が急速に変わりつつある」

大手はITに積極的に投資し、次々とやり方を変えていく。一方、中小の設計事務所にとっては簡単なことではない。変えなければならないという意識はあっても、うまく進まないのが課題だと率直に語る。

「時代の変化についていけなかったら、環境に適応できなかった恐竜が絶滅したのと同じで、淘汰されて消えていくことになると思う。そういう設計事務所も、これから先たくさん出てくるんじゃないかな」

だからこそ、投資も社員の教育もしていかなければならないと考えている。前田氏が注目するのは図面を描く以外の仕事だ。設計事務所の仕事というと図面ばかり描くイメージが強いが前田氏によると、図面を描く仕事は全体の3割ほどで、残りの7割は資料などの書類作成が占めている。申請書類・見積書の作成や、お客さんに向けた資料づくりといった業務だ。そうした仕事にAIを活用し、業務の効率を上げていく。それが、AIの使い方として一番わかりやすいのではないかという。

業務が効率化できれば、設計そのものに向き合える時間も増える。既に大手の設計事務所では、設計の条件を入力するだけでAIが自動で複数案のプランを提示するようなシステムも使われ始めているという。業務の効率化でも、設計そのものの仕組みでも、差はどんどん開いていく。

社内に目を向ければ、年齢を重ねた社員にとって、BIMやAIといった新しい道具の使い方を今から覚えるのは簡単ではない。それでも、会社として改革を進めていくしかない。「やろうな……という話はしている」と前田氏は語る。

若い世代への発信にも取り組んでいる。2023年に関西のテレビ局の取材を受け、その5分ほどの紹介映像をホームページに掲載した。2025年には専用の採用サイトも整えた。Instagramでは、手がけた建物をドローンで空撮した動画を公開しており、現在は、このInstagramを使って会社の情報を発信する仕組みを構築している最中だという。ただ、SNSは定期的に更新しなければならず、その手間を誰が担うのかは悩みどころだ。設計の仕事は一日のほとんどをパソコンの画面に向かって過ごすため、映像として見せにくいという事情もあるという。

とはいえ、採用は簡単ではない。建築業界そのものが縮小し、学生の数も減っている。建築を学んだ学生の多くは、都市圏の大手設計事務所やゼネコン、役所へと進み、姫路の設計事務所まではなかなか来てもらえない。また大手の初任給には太刀打ちできないという現実もある。それでも前田氏が一緒に働きたいのは、はっきりしている。

「やっぱり、好奇心の強い人材がいいよね」

新しいことに対して保守的にならず、積極的に取り組める会社にしていきたい。興味があれば、ぜひ来てほしいという。

若い人へ、固定観念に囚われたままでは生きていけない時代

若い人へのメッセージを求めると、前田氏は技術の変化のスピードについて語り始めた。初めて生成AIが登場したときには、自分も驚いたという。

「ああいうのも一昔前ならアニメか映画の世界でしかなかったよな。そんなのが今、普通に現実になってる」

生成AIが世に出てからわずか数年で、その性能は最初とは比べものにならないほど進歩した。本物と見分けがつかないような動画まで作れるようになり、技術の発展は「爆速」になっている。そんな時代だからこそ、伝えたいことがあるという。

「この先自分がどうやって生きるかっていうようなことを考えると『今までのやり方がこうだった』とかいう固定観念に囚われていると、これから先の世界では生きていけないと思うな」

もっとも、それは若い人よりも、むしろ自分と同じ50代の世代にこそ言いたいことだと前田氏は笑う。若い人の方が変化への順応度は高いからだ。

AIが登場した頃、AIに仕事を奪われる職業のランキングで、設計関係は上位に入っていたという。それでも前田氏は「AIが仕事を奪う」という見方には異を唱える。

「世間じゃAIに仕事取られるって騒いでるけど、本当はそうじゃなくてAIをうまく使える人間に仕事を取られる。別にAIが直接仕事を奪うわけじゃない。このツールの性能を十分に発揮できる人間に仕事を取られてしまうだけ」

だからこそ、このツールをうまく使いこなせる人間になってほしい。大手の組織の中で将来が見えてしまったことをきっかけに、自らの手で仕事を選び直してきた前田氏。「紙と鉛筆と消しゴム」から始まった設計の世界が大きく変わろうとしている今、変化を恐れず好奇心を持ち続けることの大切さを、これから社会に出る若い人たちに語りかけている。

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