建設現場を支える測量のプロフェッショナル
道路が敷かれ、救急車や消防車が走る。私たちが当たり前に享受している暮らしの土台には、目に見えない技術者たちの仕事がある。株式会社きんそくは、建設工事現場の測量や調査を手がける会社だ。長靴を履き、ヘルメットをかぶり、山を登り、厳しい現場環境のなかでインフラの安全を支え続けている。
同社を率いるのは、代表取締役の奥野勝司氏。奈良に生まれ、大阪の建設会社を経て測量の道に進み、27歳で独立した。京都に本社を構える同社は、関西で創業から約15年でこの業界の一番へと駆け上がった。普通の測量会社の売上が平均して1億5000万円ほどといわれるなか、きんそくの売上は現在およそ32億円。従業員は200人を超える規模へと成長している。
その原動力となっているのが、単なる技術力ではなく、社員全員が共有する価値観と、仕事に対する確かな誇りである。
「社長になりたい」——起業への原点
奥野氏の起業への思いは、学生時代から胸のうちにあった。夢は、社長になること。その根には、家庭環境が色濃く影響していたと本人は振り返る。
「自分とこの実家が、魚屋で。父がやっていた。小さい頃からサラリーマンよりは自分で商売する、という親のもとで、親と祖父、祖母のもとで育てられた。それが大きいんじゃないかなと、今から思うとそう思いますね」
大学卒業後、奥野氏は大手ではなく地元・大阪のオーナー系建設会社を選んだ。当時で100億円規模のその会社なら、独立のきっかけがつかめるのではないかと考えたからだ。だが1年半ほどが経ち、暖簾分けのような形で独立できないかと尋ねると、それは難しいという答えだった。そこで転職したのが、その建設会社の協力会社である測量会社だった。
面談の場で、当時8人ほどだったその会社の社長は「うちなら暖簾分けしてあげるよ、独立という道もある」と背中を押した。独立願望を抱いていた奥野氏は24歳でその会社に飛び込み、27歳で起業を果たす。京都という土地を選んだのも、大阪の親会社の近隣地域という自然な流れのなかでのことだったという。
心を高める経営という到達点
「社長になりたい」という強い思いだけを胸に船出したものの、経営の現実は甘くなかった。「20歳くらいの時に経営の苦労が分かっていたら、もしかしたら起業はしなかったかもしれない」と奥野氏は苦笑する。自分の力で世界を作りたい、自己実現を果たしたいという思いは人一倍強かった。しかし、ただがむしゃらに人の何倍も働けばうまくいく、という世界ではなかった。
商品力、集客、認知、営業基盤、技術——ビジネスには次々と課題が立ちはだかる。勉強しながら壁にぶつかり、救いを求めて奥野氏がたどり着いたのが、京セラ創業者・稲盛和夫氏が主宰する経営塾だった。
「経営にも法則があって、人生にも法則がある。一言で言うなら、自分の心を高めることである。自分の心を高めたら、経営は伸びるし、人生も良くなる。そう教えていただいた。一番大事にしているのは、自分の心を高める、人格を高めるということですね」
利益を追う事業と、人の道を通す経営。かつては相反するものに見えたそのふたつを、奥野氏は「調和させる力」で結びつけようとしてきた。その調和を支えるのが人間力であり、人格であり、徳だと考える。「心を高めれば経営も伸びる」——この境地に行き着いたことが、経営人生のなかで大きな転機だったと語る。
価値観教育がつくる成長のエンジン
他社と比べて成長率が際立って高い理由を問われると、奥野氏の答えは明快だった。社員全員の価値観が合っていること。それに尽きるという。哲学、考え方、仕事とは何かという問い——そうした根本の部分が揃っていることを、同社は何より重視している。
その価値観を全社で統一するために用意されているのが、「フィロソフィー手帳」と呼ばれる約240ページの一冊だ。新入社員が入ると、一年間のうち相当な時間をかけて、この手帳を全員で読み込み、深掘りしていく。
「新入社員で入ったら、一年間でかなりの時間を共有しながら、この一冊を見ながら、全員で深掘りしていく。そういう価値観の教育に、めちゃくちゃ力を入れていますね」
その教育は、抽象的な理念にとどまらない。会社説明会では、こんな問いが投げかけられる。電車で若者が席に座り、目の前に70歳ほどの人が立っていても平気でいる。そんな姿を「弱い者いじめ」と捉え、自分の親や祖父母だったら席を譲るのに、見知らぬ人には譲れない——それは自己中心的ではないか、と。
「大きなことはできない。大企業のような貢献はできないけれども、生き方の方向で寄り添える。そこから働きたいというのが、私の切なる願いです」。一兆円の企業を作りたいとは思わない。思いやりのある温かい会社、働く人間が自分の生き方に誇りを持てる会社を作ること。それこそが自分にとって一番の社会貢献だと、奥野氏は語る。
不人気の業界にこそ宿る誇り
建設や測量の業界は、けっして人気の職種とはいえない。暑いなか現場に出て、長靴とヘルメットでものづくりに携わる——その厳しさゆえに敬遠されがちであることを、奥野氏自身もよく理解している。それでも、この仕事にははっきりとした役割があると信じている。
「お医者さんにはお医者さんの役割があって、建設技術者には建設技術者の役割がある。国内のインフラが安心・安全でなければ、何も始まらない。不便なところを便利にする、その部分を開拓するのが僕らの仕事なんです」
道路を一本作れば、そこを救急車が走り、消防車が走り、町の人が通る。不便な場所を便利にする。だからこそ現場環境が厳しくても、そこに誇りを持とう——奥野氏は社員にそう伝え続けている。「それ以上ないくらい、私は最高の仕事だと思っている」。時代の潮流も追い風だ。ホワイトカラーが優位だった構図は変わりつつあり、現場を担う技術者の価値がこれからいっそう見直されていくと奥野氏は見ている。
学生へ——仕事とは自分を磨くツール
学生を中心とした取材の場ということもあり、奥野氏は若い世代へのメッセージを惜しみなく語った。学生のうちにやっておくといいこととして挙げたのは、ボランティア活動や海外への渡航、そして病院など普段は目にしない場所に足を運ぶことだ。自分がいかに活かされているかを実感し、社会に貢献できる心構えを養う時間にしてほしいという。
活躍する若手の条件を問われると、奥野氏はまず「個性を生かすこと」を挙げた。人にはそれぞれ個性があり、その個性を生かしながら社会に貢献できることが一番いい。そのうえで、もうひとつ大切にしてほしいことがあると付け加える。
「いつも上機嫌でいること。一隅を照らすような人間になって、自分が輝けないと人は輝かせられない。いつも綺麗で、いつも熱気があふれている。そういう人に、人は魅力や可能性、希望を感じるんです」
そして最後に、これから社会に出る学生へ、仕事そのものの捉え方を語った。仕事は決して悪いものではない。プロ野球選手が野球を通じて自分を磨き人を幸せにするように、仕事とは自分を磨き、家族や周りの人を幸せにするツールなのだと。
「能力がある人は能力があるなりに、能力がなくても、あるいは障がいがあっても、その心構えを見せることで、次の時代の人に希望を託せるんじゃないかと思います。甘いと言われるかもしれない。だけど、その甘い人間でも、200人を超える従業員の会社ができるくらいの組織はやっている。仕事を通じて自分を磨き、人を幸せにする——そういう捉え方をベースにしてほしいですね」
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