十代から現場で修行し、縁あってこの会社へ
三共建材株式会社は、家や建物といった構造物を建てていく過程で、その一端を担う会社だ。創業から100年を超える歴史を持つ。代表の浅田琢次さんは、創業家の血縁でもなければ、最初から後継ぎとして指名されていたわけでもない。
会社を継いだきっかけを尋ねると、浅田さんは少し考えてからこう答えた。
「縁があって、そうやね。今やってる商売の中でちょっと縁があって、この会社に入社したっていうのがあれかな」
浅田さんはもともと現場仕事をしていた。十代の頃から修行を重ね、規模は小さいながらも自営業を始めた。同社の業務内容に関わる仕事をしていたことが縁となり、入社したのが始まりだという。
「もう十代の頃から修行して、ちっちゃいながらも自営業も始めて、その辺でこの会社に入社したっていうのが始まりですね」
若い頃から独立したいという気持ちは「少なからずあった」と振り返る。ただ、そこに向けてロードマップを逆算して動いたわけではない。「そうなったという方が近いですかね」という言葉からは、計画よりも、目の前の仕事を続けてきた積み重ねが今につながっているという実感が伝わってくる。
だからこそ、浅田さんは若い人たちにこう伝えている。
「僕自身がそういう流れでここまで来たから、一つの仕事を長く続けた方がいいよっていうのは、僕自身の経験上、伝えたりしてます」
同社はもともと、血縁のなかで代表が引き継がれることが多かった会社だという。ただ、長い歴史のなかではさまざまな事情があり、そうした流れのなかで浅田さんが経営を担うことになった。
100年の節目をあえて祝わなかった理由
創業から100年を超える企業は、日本のなかでも多くはない。長い歴史を持つ会社には、守らなければならない部分もあるのではないか。そう尋ねると、浅田さんは「それは正直ありますね」と率直に認めた。
一方で、100年という節目の迎え方には浅田さんらしい考えがあった。創業何年という節目には、関わりのある人や会社を集めて催し物やパーティーを開き、大々的に祝うという話になることも多い。しかし浅田さんは、あえてそうしたことを気にしなかったという。
「100年が続く過程だよと。わざわざやるようなあれでもないよっていう感覚、どっちかというと」
歴史の重みを意識しすぎないこと。その「フラットさ」が大事なのだと浅田さんは続ける。
「それがないと、硬くなっちゃったりとか、勇気が取れなくなっちゃったりとか、多分あると思う」
時代の変化が激しいなかで、会社は変化に追いついていかなければならない。浅田さん自身は「それができているかどうかわからへんけど」と前置きしつつ、大切にしている視点をこう語った。
「やっぱり大事にしてるのは、お客さんが何を求めてるってことを感じるのが大事だし、それがDXであったりとか、そういうのをやっぱり感じなあかんねやろなとは思うね」
サラリーマン時代も経営者になっても、変わらない構え
会社員として働いていた頃と、経営者になってからとでは、何が変わったのか。浅田さんの答えは意外なものだった。
「実際問題、一緒かな、僕の場合。サラリーマンやってるときも、会社のことを考えちゃったりとか」
責任の範囲は広がったはずだが、構え方はそれほど変わっていないという。「いいんか悪いんかわからへんけど」と笑う。ただ、苦労がなかったわけではない。
「苦労はしましたよ。人の一倍、二倍、五倍ぐらいは自分の中で働いた自負はあるんで」
経営者として大切にしていることを聞くと、浅田さんは社員への思いを挙げた。
「中小零細やから、一つ言えるのは、安心して働いてていいよっていうのを分かってもらうってことね、社員さんに」
毎月の給与だけではなく、この会社で働いていれば、いろいろなことがあっても大丈夫だと社員に分かってもらえるようにしている。そして、会社の未来について尋ねると、数字の目標ではなく、関わる人たちの姿が語られた。
「うちの社員の子でもそうやし、協力業者さん、取引業者さん、つながって仕事してるわけやから。関わった人間がみんな笑顔になれるというか、この仕事しててよかったな、関わっててよかったなってずっと思えるような。そういうふうにこの先もしていきたいなっていうのは思ってますね」
「抽象的な話ばっかりで申し訳ないんだけど」と浅田さんは言うが、売上などの数字を掲げるよりも先に、関わる人の実感を大切にしたいという考えがはっきりと伝わってくる。そのために必要なのは、大事にしていることを「フラフラしない」こと。信念を持ち続けたいと話す。
ニッチな仕事とお客さん第一主義
同社の仕事は、構造物を建てていくなかでの一業者という位置づけだ。浅田さんは自社の仕事を「簡単に言ったら、仕事をもらってきて仕事をしてもらうっていう仕事」と表現する。公共工事も手がけており、民間の仕事と合わせて、割合はおおよそ官が3、民間が6〜7ほどだという。
長年にわたって続いてきた理由を尋ねると、「お客さんがどう評価してくれるかは、なかなか言いづらいところ」と控えめに前置きしたうえで、二つの点を挙げた。
「商売上、まずニッチな仕事っていうのが一つ、それは絶対的にある。あとは会社の理念として、一応お客さん第一主義。お客さんがどう思ってるか、相手がどう思ってるか、何をしてもらえたら喜ぶかっていうのを常に考えてやってるっていうところかなと思ったりはしてます」
取材の終盤にも、浅田さんは改めて「お客さんも大事です」と口にした。相手が何を求めているかを感じ取ろうとする姿勢は、社員や協力業者に向けたまなざしとも重なっている。お客さん、社員、協力業者。立場は違っても、相手のことを考えるという点で、浅田さんの姿勢は一貫している。
採用はずっと「縁」。職人はエンジニアだ
若い人が減っていることは、浅田さんも強く感じている。とくに現場の作業員の高齢化は「ものすごく感じますね」という。
求人媒体を使って費用をかけたこともあったが、ほとんど人は来なかった。今、職人が集まってくれているのは、ほとんどが人と人のつながりによるものだ。
「もう縁だけですわ。この人とこの人の縁で、ここからのつながりでこの人が来たとか、もうそういうのばっかりかな」
なぜ職人たちが来てくれるのか。浅田さんはこう推し量る。
「この会社さんと付き合ってたら、楽しく仕事がしていけるよねって思ってくれてはるからじゃないかな」
取材のなかで浅田さんは「縁は大事にしなあかんなと思ってます。人との縁とか、会社とのつながりとか」と語っていた。その考え方が、そのまま採用の形にも表れている。
一方で、業界のイメージについては課題も感じている。
「もっと明るくて、楽しくて、前向きな業界やっていうのは、若い世代の子にも、我々みたいな世代がもっと発信していかなあかんのちゃうかなと」
浅田さんは、職人たちに「自分は横文字で言うとエンジニアなんだ、物を作っているんだ」と伝えている。魅力があり、やりがいのある仕事だからこそ、かっこよくていい仕事だと伝わるようにしたい。とはいえ、SNSを使って大々的に発信しようとは考えていない。日々、誰かと話すときの一言にそうした思いを込めることが、自分なりの発信だと考えている。
学生・若者へ、好きなことが好奇心になる
最後に、学生へのメッセージを求めると、浅田さんは同年代の息子を持つ父親としての実感も交えながら語ってくれた。
「好きなことやったらええんちゃう。だってそれが好奇心になるし」
この業界に入りたいからと、1年生の頃から頑張る学生もいる。浅田さんはそれを「志高いし、すごくいいこと」と認めたうえで、学生時代にしかできないことがあると続けた。
「失敗しても、遊んでても誰にも文句言わないわけだから。遊びが好奇心になったりする。いろんなことを学生時代にしといたらええよ。好きなことしてたら、絶対それが好奇心になるし」
大学2回生の息子については「遊びすぎて困ってるけどね」と笑いながらも、その言葉は温かい。
話はコロナ禍にも及んだ。成人式がなく、授業も1年間まるごとなかったという取材者の話を受けて、浅田さんはこう語った。
「結果、なんか良かったんちゃうかなって僕は思うのは、人と接することが疎遠になりがちな時代になっていきそうなとこやったでしょ。それが改めて、人と集まるってことや、身近に感じて喋ることを感じられたんちゃうかなって。仕事って多分それがつながるしね。人と人です、結局」
一つの仕事を長く続けること。人との縁を大切にすること。そして、若いうちは好きなことに打ち込むこと。100年を超える会社を率いる浅田さんの言葉は、どれも自らの歩みから生まれたものだった。
